くじらとぺんぎん日記

すきなものについて語る場所になります。たのしかったことを詰め込みます。ゆるるとまるる。

黙認と公認

どうでもいいけど、どうでもよくないこと。

基本的に楽しいことを書くようにしてるんだけど、わすれないように書いておきます。つーか自Gもやりかねないすぎて9年後怖すぎるぜ!!!!!(盛大なる開き直り)

 

黙認と公認というものは両極端なものであり、相容れないものである、と感じた11月1日の話です。わたしはぶいくらでもなんでもないので、ネット上やWSでの様子しかしりません。だから外野の戯言だと思っていただければと思います。

 

「音漏れへの対応の是非」

 

正直こういうものへのグレーな部分ってたくさんあると思うんです。ド新規野郎の私にはわからない、知らないものも沢山あります。長い歴史の中で否応無しに発生してきたものも多いと思います。そういうモノって実際問題、黙認されている状態です。決して公認ではありません。

 

今回はその黙認されてきたものを公認にしようとした、という部分がひっかかりました。

翌日のZIPで山口君が音漏れ参戦に対して扉を開けた「配慮」と言いました。正直「お金を払わない人への配慮とは何ぞや」と思ってしまいました。もちろんぶいさんたちのたくさんの人に感謝を伝えたいという気持ち、ぶいくらとスタッフとの信頼関係、20周年だから、全部わかります。

それでも、そういうものひっくるめて、オフィシャルで認めてはいけないものは認めてはいけないと思います。本人たちが認知していても。だからせめて、「なかったとこ」にしてほしかった、というのが私の今回の感想です。メンバーも関係者も外にいる人も中にいた人も、そこにいた人だけで完結しておいてほしかったかな。参戦できなかったぶいくらさんは「そういう事実を知らなかった」のを嫌な人もいると思うので、一概には言えない…とか考え始めると終わりが見えません。なんで私がこんな考えてるんだかなぁ。

 

 

黙認されているものは、いままで見逃されてきたというだけで公認されるものではない。逆に言えば、公認にならない(できない)から黙認されている。ということでみんな仲良く楽しくれっつヲタ活☆☆☆()